服部の城
チラシにも書いてあったように「過去・現在・未来」と時間をいったりきたりしながら展開していくストーリーで、観ている間は、頭の中でジグソーパズルをしてる感じだった。スライドで映される「キーになる年号」を頭の中に並べて、その間で起こる事件を時間軸に再構成して・・・。シーンごとに繰り広げられる言葉遊びの数々を、その言葉の意味を疑ったり、笑ったりしながら「うっかり置いてきぼりにならないように」追いかける。
「あーもう、イメージに身を任せればいいじゃん」と思う自分もいるんだけど、自分も脚本書きのせいか、謎解きのジグソーパズルに熱中していた。それぞれの時間の流れをつかんでしまえば、わかりやすい物語だったと思う。
ヴォネガット原作の映画「スローターハウス5」でも主人公の人生を「過去・現在・未来」とめまぐるしく行き交う時間で見せるのだが、映画の場合「移動した時間」は、主人公の年齢設定を表すメイク(若いとか老人とか)、場所、衣装の変化などでいくらでも表現できるし、編集でつなぐことで「一見バラバラな時間のシーン」でも「作者の意図を反映した流れ」で見せることが出来る(ちなみに、この映画はアカデミー賞の編集賞を受賞した)。「ぱっと見の圧倒的な情報量」が「次々変わる時間の理解」をスムーズにしている。
だから「あれ?今どの時間軸の話なの」という、物語の入り口で悩むのではなく、「あれ?なぜこの時間軸に飛んだんだろう」と、作者の意図の部分で悩むことができる。
今回の芝居は、「ぱっと見の情報量」で時代をわからせるという感じではなかったので、時々、「今演じられている場面がどの時間軸なのか?」混乱する時があった。(スライドで年号は出るんだけど、見てるとこんがらがってくるんだよね。まあ、それが作者の狙いかもしれないんだけど・・・)。
色々書いたが、SF好きのボクは大いに楽しんだ。明日の昼間は時間があいているので、もう1度観ようと思う。