« 2010年12月 | メイン | 2011年2月 »

2011年1月

2011年1月16日 (日)

「NHKで音二郎劇場中継」支えてくれた方々のこと

当初は「2時間に編集して放送」と決まっていて、それでもありがたいことだと思っていたら、公演が大好評だったので、何と3時間の完全放送が決定!音二郎のことをたくさんの方々に知ってもらえるのが本当に嬉しい。

今日は改めて博多座公演で支えてくれた方々のことを書こうと思う。

まずは何と言っても長谷川先生。間は飛び飛びだったとは言え、約3年もの間、脚本作りを一緒にしてくれた。今ではボクも音さんの事をそれなりに語れるようになったが、道筋を作ってくれたのは全て先生だ。

実際に舞台化に当たっては、アクティブハカタの伊集院さんが、予算組み、細かな制作ごとから、キャスト調整、大道具など、「舞台の立体化」をやってくれた。アクティブスタッフの阿多利さん、沼口君は、アクティブの本業もありながら、夜遅くまで制作で頑張ってくれていた。沼口君は舞台音楽の作曲までしていたから、どれほど忙しかったことか。

実際の稽古場では、演出助手の日下部君が頼もしかった。ボクが出演している場面は、演出としてしっかり見てもらったので、助手という肩書きが申し訳ないぐらい。伊集院さんも演出部としてほぼ全ての稽古に立ち会ってくれていた。本番を乗り切れたのは、伊集院さん、日下部君という頼りになる2人が演出部として支えてくれていたから。

舞台監督の金森さん、照明の黒江さん、厳しい予算にもかかわらずどこまでも頑張ってくれた大道具の市岡さん、衣裳の本城さんなど、本当にたくさんの方々が支えてくれて実現した公演だった。

ドキュメンタリーでは、舞台化を支えてくれた方々のことがほとんど紹介されていないので、せめてボクの日記で紹介。

2011年1月13日 (木)

ガッカリ海外ドラマ

フラッシュフォワードが最終回。何と打ち切りで中途半端な終わり方。あーあー・・・頑張ってみてたんだけどなぁ。ロストのように長くなるかもと覚悟していたのが、22話で打ち切りなので拍子抜け。

打ち切りとなると、今度は作家モードに切り替えて、「なぜ打ち切りなのか」とか「どういう展開だったら人気が出ていただろうか」なんてお題を自分に出して、妄想テレビ劇場のはじまり。それなりの時間つきあったんだから、元は取らないとね。

これで、一時は毎日のように見ていた海外ドラマも、今はフリンジのみとなってしまった。まあ、読書の時間が減っていたので、たまっていた本を読むかと。

活字モードに切り替え。

2011年1月10日 (月)

「テオ・ヤンセン」に続くニンジン

長らく絶版だった、「2001年宇宙の旅」に登場するムーンバスのプラモデル。オークションではビックリするような値段が付いていたが、これが「まさかの再販」となったのが去年のこと。もちろん「保存用」と「組み立て用」の2つを購入。

このムーンバスは、去年の「ある公演でのニンジン(公演を乗り切るがんばりのご褒美のこと)」として、しっかり役に立ってくれた。

で、今度は、宇宙船オリオン号が再販されることに。これまた大喜び。絶対欲しい!すでに「テオ・ヤンセン」というニンジンがあるが、まあニンジンが多いと、ほら、より頑張れるし・・・ねぇ。というわけで発売前に予約。当然ながら今回も「保存用」と「組み立て用」の2つ。

2011年1月 8日 (土)

進撃の巨人

現在発売中の3巻までを読んでみた。謎の巨人に人類が食べ尽くされようとしている世界を描いた物語。乾いた残酷さ、絵の雰囲気は、寄生獣のような感じだなと。グイグイ読めて面白かった。

面白かったと言えば、この作者がデビューするまでの話。まずはジャンプに原稿を持ち込んで断られて、マガジンでデビューが決まり、累計で150万部の大ヒットにつながったとのこと(詳しくは、ネットで検索すると一杯出てくる)。

認めてくれる人に出会えて本当によかったねと思う。

2011年1月 6日 (木)

稽古はじめ

どんどん新作になっている今日この頃。旧作の良いところは残しているので、お客様には、「改訂版とあったけど、予想以上に新作で楽しめたなぁ」と思ってもらえたら。

しかし年末の音二郎に続いて2月もほぼ新作とは、このハイペースは自分でも予想していなかった・・・・。嬉しい誤算というか。

なお今年の春以降は、「短編ライブ公演」を予定しているので、もしかすると今年の長編は2月公演のみになるかも。必見!

大塚ムネトの不定期日記